昨年10月、念願のカフェをオープンした。マルシェなどでスムージーやスカッシュを振る舞うと、後日「また飲みたくて」とわざわざ島まで足を運んでくれることが何度もありそのたびにお断りしていたが、それが立て続けにあった時、いよいよ整備した方がいいのではないかと考えた。
建築を始めたのは2020年の年明け。ちょうど「新型コロナウイルス」という言葉が世界中のニュースで聞かれるようになった頃。5月の連休にオープンする予定だったが間に合わず、夏に開けることもできず秋を迎えた。
こだわりの詰まったカフェ。本来なら思いきりPRしたいところだが、自分たちの利益だけを考えて軽率な行動を起こすことは絶対に許されないと、今でもメディアからの取材依頼も徹底して断っている。
現在は営業日時や用途を限定しながら、ひっそりと営業中。もともと、カフェとしてだけでなく、島内の農業者が集まって勉強会を催したり、料理教室やワークショップを開いたり、民泊できたり「人が集まる場所」になればいいなとの思いもあった。
多くの人が心置きなく島を訪れ、島の人たちが笑顔で集える日が戻り、岩﨑農園のカフェで、二人がオープン前から思い描いていた光景が見られることを願う。
島にやって来た時に小学四年生だった長男は二十歳になり、島を出て就職する。小学校に就学したばかりだった長女ももうすぐ大学進学のため島を離れる。「息子は、島の大人たちがキラキラしているから、無表情で都会の満員電車に揺られる日々が怖いと言っています。でも、社会にもまれてこいと。将来は島に戻って農業を継いでほしいと、私たちから強いるつもりはありません。都会で楽しさを見つけたなら、それはそれでいいし、何かあったら島に帰ればいいやというような気持ちではいてほしくないですからね」。住み慣れた島を離れ広い世界を見た彼が、どんなふうに島を振り返るのか、将来が楽しみだ。
「私たちはあと20年くらい頑張って、その後は若い子に主役を任せたい。でも死ぬ前日まで働こうってお互い話しています」。岩﨑農園では就農したいと島に移住してくる研修生を毎年受け入れている。そんな二人が次世代に託したい思いとは。「大崎上島愛ですね。自分だけが良ければいいという考えではなく、みんなで島を盛り上げるという気持ちを大切にしてほしい」。
6年前に取材した時、亜紀さんはこんな夢を語っていた。「私たちの夢というか役割というか。島にはこんなに農家がいるのに、子どもたちの将来の選択肢に農業が入っていないのが現状です。農家は稼ぎが悪いから…と言う大人たちもいます。だから私たちは、農業が子どもたちの将来の選択肢に入るように道をつくっていきたいと思っています。他所から来た私たちがある程度成功できたら、子どもたちも『あのおじちゃんとおばちゃんでもできるんやから!』と思ってくれるかもしれません。農業でも十分生活できるんだという姿を見せつつ、イキイキと日々新しいことにチャレンジして、明るく楽しい農家を目指したいと思っています」。
この11年間で、岩﨑農園も、大崎上島も、変わった。二人の輝きはきっと、島の子どもたちにも伝わっていることだろう。もっともっと楽しいことができるはず。そう信じて、これからも自分たちにできることを、一歩一歩確実に進めていく。
太郎さんと亜紀さんに会いに、大崎上島に行きたい。二人が愛する島だから、すてきな島に違いない。そんなふうに思わせてくれる不思議な温もりが、二人からは漂ってくる。そのパワーで、まだまだ島を盛り上げてくれそうだ。
移住して農園を開いて間もない頃、規格外品が多かったことから「なんとかこれらを生かす方法はないだろうか」と亜紀さんのアイデアで作り始めたジャム。11年間で販売先もファンも増え、多くの人に愛されるようになった。
初めは自分たちが育てたレモン、みかん、ブルーベリーだけだったが、島の農家さんたちから加工に使ってほしいと持ち込まれるようになり、今では年間で13フレーバーが楽しめるように。梨だけは世羅産だが、ほかは全て大崎上島産の果実を使っている。それぞれ季節に応じて大まかな販売期間は決まっているが、果実がなくなり次第終了となる。
規格外品を引き受けて生かしてくれる場所は、多くの農家にとってありがたい存在。亜紀さんは、特に若い農家の力になりたいという。新規就農してからしばらくは、品質が安定するまで規格外品が多く出てしまいがちなので、こうした場所があることは、若い農家にとって大きな救いとなっているに違いない。
岩﨑農園のジャムは、果実の粒感がしっかりと生きている。瓶越しに見てもゴロンゴロンと果肉が詰まっているのが分かり、口にすると果実を食べているかのような食感が、幸福感を一層高めてくれる。
材料は果実と砂糖と少々の白ワインのみ。鍋に砂糖と果実を入れて少し強めの中火にかけ、果汁が染み出てきたら、粒をつぶしてしまわないように優しく混ぜて約20分。炊き込みすぎないのがポイントで、まだサラサラ感が残るシロップ状で火から下ろすと、冷めた時にちょうどよいとろみに落ち着くのだという。糖度は40〜50%と低めなのも、糖質を気にする人にはうれしい。その分、保存期間は短めになるが、果実本来の甘みを味わうことができる。「余計なことはしない」のが、岩﨑農園のジャムなのだ。
「みんなが作ったらいい」と、亜紀さんは要望があればジャムの作り方を惜しみなく教える。島でおいしいものがたくさんできて、それらを通じてたくさんの人たちに島の魅力が伝われば、それが亜紀さんにとっての幸せ。
亜紀さんは試作すると最初に必ずわが子に食べもらうという。「子どもの舌は賢い。シンプルな違いを感じ分ける力があるから。彼らがおいしいと言わなかったものは作りません。目指しているのは、子どもから大人までみんなに愛される味。おばちゃんのジャムおいしかった! って、子どもたちが喜んでくれたらうれしいですね」。
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掲載記事内容は取材当時のものであり、
現在の内容を保証するものではありません。