「こんなことに挑戦したいと思いつきで口にしたかと思ったら、どんどん進めていく。本気だったんだ? ってびっくりしました。そんな姿を見て、私にはない良さだなと思いました」そんなふうに、出会った当時の慎士さんを振り返るのは妻のまいさん。慎士さんと二人三脚で「にわのにわとり」を切り盛りしている。
まいさんは大阪で生まれ、小学生の頃から兵庫県三木市ののどかな町で育った。実家はサラリーマン家庭で自身はアパレル関係の会社に就職したため、農業を身近に感じることはほとんどないまま生きてきたが、慎士さんと出会い「まさか自分が養鶏家の妻となり、しかも広島で暮らすことになるなんて」と本人も驚きの展開を迎えることとなった。慣れ親しんだ町を出て見知らぬ土地に移り住み、これまた未知の農業で生計を立てることに不安はなかったのだろうか。
「(慎士さんは)自分で起業しているので一から全て自分で学ばないといけないし、本当に大変だったと思います。でも、当の本人を見ていると楽しそうにやってるなって感じたんですよね」。
生き生きと夢を語り、口ばかりでなくその夢を現実にするために自ら行動し努力する慎士さんを「支えたい、一緒に挑戦してみたいという前向きな気持ちが、不安よりも大きかった」。交際して2年ほどで結婚に至ったが、一生懸命な二人を、まいさんの両親も応援し快く送り出してくれた。
バスや電車ですぐ都会に出られた結婚前に比べれば、便利とはいえない暮らし。親や友人とも離れて知り合いは一人も居ない町での新生活に戸惑いがないはずはない。けれども「近所の方々がとても親切で、困ったことはないかと気にかけてくれて。よそ者は受け入れてもらうのに時間がかかりそうだと不安でしたが、周りに恵まれていて安心しました。親くらいの年齢の方ばかりですが仲良くしてくださって、とても心強いです。昨年、子どもが生まれたので、保育園に通うようになれば同年代のお母さん友達もできるかなと楽しみにしています」。
前職で接客を経験しており人と話すのは好きだというまいさんだが「それまでの接客と、自分たちで一から店をつくり上げてお客さまと接するのとでは、想像以上の違いがあり大変でした。器用ではないから家事も仕事もあれもこれもできないし、自分で決めた道なのに親に甘えたくないという意地もあって」。
それでも徐々に、この町の暮らしにも、結婚生活にも慣れ、やりたい気持ちとできるという気持ちがリンクするようになってきた。少し余裕が出てきた今は、店に出す品数や、クリスマスやバレンタインなどのイベントに合わせた工夫など、お客さまに喜んでもらうためにいろいろなアイデアがわいてきて、夢がふくらんでいるという。まいさんに会いに来てくれるお客さまも増え、やりがいも感じられるようになった。「バースデーケーキや季節の行事用の商品、お土産用のラッピングなど、お客さまからこんなものがあったらいいなとご要望をうかがうのもうれしくて、少しずつでも形にしたいなって考えています」。
慎士さんが養鶏を始めて間もない頃、産みたて卵を「食べてみて」と勧められた。「いつも食べていた卵と見た目から全然違いました。黄身が淡いレモンイエローで、白身がとってもふっくらしていて。ほんのり鰹の風味が広がったので出汁でも混ざっているのかなと思ったのですが、鶏が食べる餌が卵の味に影響するのだと聞いて、そんなこと、それまでは考えたこともなかったので驚きました」。
まいさんの家庭料理には、毎日、慎士さんが育てた鶏が産んだ卵が使われる。卵の味をしっかり味わいたいならやっぱり卵かけご飯が1番というが、オムライスもよく登場するとか。半熟のスクランブルエッグをぽってり乗せたオムライス。想像するだけで口の中でとろけそう…。鶏肉料理はシンプルに塩コショウで焼き上げるのが定番。「卵やお肉のせっかくの風味を台無しにしたくないので、素材そのもののおいしさがきちんと分かるように調理するのがこだわり」。慎士さんの思いを最も近くで感じ取っているから、その気持ちを大切に、心を込めて調理する。作り手の思いを想像しながら感謝していただくことを、私たちも忘れないでいたい。
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