「原木ならではの風味と食感で、歯ごたえがすごく良い。身が締まっていて焼いてもほとんど縮まず、食べ応え十分です。原木の養分をしっかり蓄えて育ち、絶対においしいという確信があるから、あくまでも原木栽培にこだわり続けています」ニコニコと優しい笑顔で原木椎茸の魅力を自信たっぷりに語るのは、三良坂きのこ産業(有)代表取締役の石井千明さん。
石井さんの父親(2011年に他界)はもともと林業を営んでおり、材木が手に入りやすいことから本業の傍らで原木椎茸の栽培を始めたが、徐々に生産量を増やし最終的には原木椎茸栽培を専業とした。
石井さんは高校から農業科に進み、大学卒業後にアメリカで1年ほど農業を学んで帰国してから父親と共に原木椎茸栽培に携わり、25年前に法人化して代表取締役に就任した。当初はホダ木(椎茸の種菌を付ける原木)にしておよそ2万本だった栽培量は、現在5万3000本にまで増加。中四国~関西エリアでは最多クラスだ。
ところで皆さんは椎茸を購入する際、産地、栽培方法、価格、見た目、何を基準に選ぶだろうか。人それぞれだと思うが、今回はその中でも栽培方法に触れたいと思う。
椎茸には、石井さんのこだわりである「原木栽培」ともう一つ「菌床栽培」という2種類の栽培方法がある。
菌床栽培は、おがくずに米ぬかなどの栄養源を混ぜて固めた培地(菌床)に種菌を入れ、温度や湿度を管理できる施設内で栽培する。人工的に養分を与えて管理するため約3カ月サイクルで効率よく安定して収穫でき、季節問わず年中出荷が可能だ。価格は比較的安価なものが多い。
一方、原木栽培は、山から切り出して穴を空け種菌を植え付けた天然の木(ホダ木)を、森林などの屋外(露地)または温度や湿度を管理できる施設内で栽培する。山間部で積み上げた丸太から椎茸が生えている光景を見たことがある人もいるのではないだろうか。
切り出した木を乾燥させ、種菌を植え付けてから菌が組織に確実に根付いて生長し菌糸が全体に回るまで、一定期間(一般的に約1~2年)特別な管理の下で置いておく(伏せ込み)という工程が必要なため、収穫までに時間がかかる。原木栽培は菌床栽培よりもハードルが高いといえる。
さらに、木の切り出しはもちろんその後の工程でも大量の木材を扱うため重労働。たとえば浸水はクレーンを使った大がかりな作業。植菌して菌糸が原木全体にまん延するまで伏せ込みしておいたホダ木を一日水につけることで、刺激を与えて菌の繁殖を活性化し、発生に必要な水分をしっかり浸透させる工程だ。石井さんに実際に見せてもらった。
施設に入るとあっという間にメガネが真っ白に。曇りを拭って辺りを見渡すと、広々とした薄暗い施設内に所狭しとホダ木が積み上がっていた。顔の高さに迫るくらいに積み上がったホダ木は、およそ50本ずつくらいだろうか、まとめられており、施設の中心を貫くように敷かれたレールの上を、トロッコに乗せて奥の水槽まで運ぶ。男性スタッフが体全体で押すようにして進め、クレーンで吊り上げて水上に移動させ、ゆっくりと沈めていく。全体をしっかり沈めるために長い木の重しで固定。刺激を与えるためにも、水温は発生に適した15℃前後に保たなければならない。今度はもう一つの水槽ですでに一日浸かり終えたホダ木をクレーンで引き揚げる。この作業を毎日延々と繰り返す。
浸水が完了したら別の場所に積み上げ、シートをかぶせて数日置くと、ホダ木の至る所から椎茸の丸い「芽」がニョキッと顔を出す。すると今度は生育用の施設に移してホダ木を広げていく。縦に立てかけたり横に並べたりと広げ方は違うが、広い施設内に入り口から奥までズラリと整列するホダ木軍団。玉切りされているとはいえ、一本の重量は意外と重い。これだけの本数を一本一本…かなり骨が折れる作業であることは想像に難くない。ニョキニョキ顔を出す椎茸を一つ一つ見て歩くと、上にスッと伸びているもの、くねっと曲がっているもの、二つが競い合うように出てきているもの、個性があって愛らしい。こんもり丸いベレー帽のような傘をかぶった椎茸が「どう? 食べてみたいでしょう」と誘惑してくるので、しばらく見とれてしまった。
ホダ木に使用するのは養分や水分が保有しやすい、菌がまん延しやすい、手に入りやすいなどの理由から、主にコナラ、クヌギ、ミズナラなどが適しているとされ、石井さんもコナラとクヌギを使っている。
原木は山で切り出した先からすぐに使えるわけではない。例えば、コナラの場合は伐採してすぐに玉切り(枝を払い使用するサイズに切断)しても使えるが、クヌギの場合は根元から倒して(根倒し)葉を付けたまま約1カ月放置し、葉から内側の水分が抜けるのを待つ(葉干し)。これは原木の水分量が多すぎると種菌を植えるのに適さないため。
原木の扱いによっても品質や生産量が変わってくる。石井さんいわく「コナラは初心者でもある程度量を出すことができ品質も良い。クヌギは手間がかかるが養分が多く、より良い椎茸ができやすい。たとえば12月に種菌を植えたとして、コナラは菌が回りやすいので早ければ8月頃から、本格的には10月頃から使うが、クヌギはその先の4月までゆっくりと菌をまん延させてから使います」。
椎茸の種植えは、原木にドリルで穴を空けてそこに種菌を入れる。種菌の入れ方はいろいろあるが、石井さんは「成型駒」タイプの種菌を使う。これは、椎茸の種菌をおがくずに培養した「おが菌」を駒形のシートに詰め、発泡スチロールで栓をして成型したもの。金づちで打ち込むタイプの種駒もあるが、成型駒はより手軽に手で差し込むことができる。
実はこのシートを開発したのは石井さんのお父さん。今では多くの生産者に利用されている。
実際に植える現場を見せてもらったが、専用のドリルで数個ずつ一度に穴を空け、シートからスムーズに種駒を取り出し手でキュッキュッとねじ込み、みるみるうちに植菌作業が進んだ。植え込まれた発泡スチロールの白い栓は水玉模様のよう。植菌済みの原木が積み上げられ白い点々が並ぶと、まるで子鹿の背中みたいでちょっと可愛い。
椎茸の生育には温度が大きな影響を与える。石井さんいわく「椎茸が生長するまでの日々の平均気温は25~30℃で、積算温度(生長期間の毎日の平均気温を足したもの。農作物の生長を予測する基準となる)は3000℃を超えるのが理想」。低すぎたり高すぎたりすると、菌の周りが悪かったり伸びにくかったり思うように育ちづらいので、温度管理はとても重要なのだ。石井さんは以前ホダ木の温度を測って判断していたが、今では木を見たり触ったりすれば、だいたいいつ頃から使えそうか予測ができるという。
石井さんは温度や湿度など生育環境を管理できる施設で育てているが、ホダ木の管理段階から外気温だけでなく水温など緻密な環境のコントロールが求められるため、年々変動する気候に悩まされているという。「最近異常気象もあって、去年みたいに高温になるとサッパリ(椎茸が)出ない。近年猛暑が続いていますから、暑さに対応できる品種を改良してほしいですね」。そういった諸々の事情で、価格は菌床椎茸に比べて高価になる場合が多いのだ。
原木と品種の相性も重要で、1~2年で思わしい結果が出なければ菌や原木を変え、定番の品種だけでなく新たな品種も試しつつ、より良い品質と収量を目指している。現在扱っているのは6品種。味に違いはなく、一見同じようだが、石井さんは見れば品種が分かるという。
原木は枯れた木材なので、椎茸が生長するために養分を吸い取ると、その分木の養分は減っていき、新たに生成されることはない。木の養分が減ると椎茸の質も落ちるため、一本の原木を使える回数は限られてくる。石井さんは一本につき8~9回収穫したら新しい原木に入れ替えている。
栽培にも販売にも、菌床栽培に比べて厳しい条件がそろっている原木栽培だが、そんな苦労を承知の上でなお原木にこだわる理由はただ一つ、原木で育った椎茸ならではの格別な味わいだ。もちろん好みもあるし、菌床栽培の技術も発達して原木椎茸に負けない高品質な菌床椎茸も出てきているが、やはり自然の養分を吸ってじっくり育ったからこその味、香り、歯ごたえ、肉厚、色艶などは原木椎茸の魅力といえよう。それゆえ椎茸特有の風味が苦手な人にとっては、菌床椎茸の方が食べやすいかもしれない。
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