1月8日、この日は誌面に掲載するレシピの打ち合わせ。私たちは掲載するレシピを考案する際、特集する生産者のもとを訪れ、日ごろどのように食べているのか、おすすめなのはどのような食べ方なのかを聞いている。素材を生かす食べ方を一番知っているのは生産者だからだ。
いつもなら、話を聞くだけだが、この日は最初から違っていた。到着すると作業場の奥にテーブルが設置され、バーベキューコンロには火が入り、牡蠣や檜扇貝(ヒオウギガイ)が焼かれていた。聞くと、初めて訪れた料理人など食に関わる仕事をしている人と牡蠣の話をする際には、いつもこのような形をとるそうだ。「口で伝えるだけではなく、食べながら実感してもらわないと分からないことが多い」と金田さん。
「人が食べものをおいしいと感じる要因となる主な成分は、塩分と糖分と油分の3つで、食べものが本来持っている味ではなく、それらを足していくことで脳がおいしいと感じてしまうんです。でも実際は旨味があるわけではないので、おいしくはないんです。イタリア料理などによく見られますが、なんでもかんでも油をかけて食べるのは、食べもののおいしさではなく、脳が満足する要素を取り込んでいるだけ。もともとの日本食の文化は基本的に油は使わないし、使わないように考えられた料理なんです。この話を踏まえて、この2つを食べ比べてみてください」そう言って出されたのが、ニシ貝とサザエの刺身。そして昨年、大崎上島の岡本醤油醸造場に特注で醸造した金田さんオリジナルの醤油。
「単純にどちらがおいしいか食べ比べてみてください」と金田さん。正直どちらも新鮮でおいしく、明確な違いを実感したとまでは言い切れないが、口に入れた瞬間、ニシ貝の方が味を強く感じ、サザエはしっかりとした歯ごたえを強く感じた。分かりやすい味を感じたのはニシ貝、食べ終わった後、もう一つ食べたくなるのがサザエといったところか。金田さんいわく、ニシ貝もサザエも育った環境は全く同じだが、ニシ貝は肉食の貝で死んだ魚介類を食べ、サザエは草食の貝で藻や海藻しか食べないことから、肉食であるニシ貝のほうが油分が多く、サザエは藻や海藻から十分な栄養価を得ているとのことだ。
つまり前述の通り、私の脳はニシ貝そのものの味ではなく、油分に反応したということなのだろう。サザエは余分な油分が少なく、栄養価を十分に蓄えた素材そのものの味を感じることができたのだ。油自体に味や旨味があるわけではないので油が多くても余韻は残らない。油分が少ないと一見素朴に感じるが、栄養価が高い分、余韻が残るということだ。ちなみに牡蠣は植物プランクトンを食べる草食の貝だ。
「食べものには自然の原理がある。人間がどれだけ手を加えて味付けをしようが、それを超えることは絶対にできないというのが私の考えです。その素材の原味を損なうことなく扱うことが重要です。料理の味の9割は食材によって決まるという言葉があるくらいです」と金田さんは言いながら、最初から焼いていた牡蠣と檜扇貝を差し出した。「今度は、この2つの食べ比べてみてください」。
檜扇貝を知っているだろうか。赤褐、紫、黄、橙など個体により色が変化する二枚貝で、殻は観賞用としても使われる。毎年、養殖している牡蠣と一緒に取れるそうだ。今年はなぜか少ないらしいが、例年1日30~40個ぐらいは取れるとのこと。いただいた檜扇貝は口に入れた瞬間、強いインパクトを感じるおいしさ。牡蠣は塩分がにじみ出てくる格別なおいしさ。やはりどちらもおいしい。
「檜扇貝は風味が強く味が濃く、一般的には檜扇貝の方がおいしさを感じる人が多いのではないかと思います。しかし、牡蠣と比べると味の余韻の長さが全然違う。檜扇貝は、一見ぶわっと味が広がるが、すぐになくなってしまう。風味だけなので旨味があまりないためでしょう。旨味が少ないので出汁もあまりとれないのが檜扇貝、牡蠣は出過ぎるぐらい出汁が出ます。檜扇貝と牡蠣の違いは何なのかを考えた時に気付いたのは、檜扇貝はすぐに死んでしまうという点です。陸に半日ぐらい揚げておくだけで死んでしまうんです。牡蠣は10日ぐらいは生きます。つまり生命力自体がおいしさに直結しているんだろうということを教えてくれます。最近は養殖が主流となりつつある鯛ですが、天然鯛と養殖の鯛の違いも、やはり生命力の差です。自分で生きているのか生かされているのか。養殖方法で使用不使用はありますが、特に海外の魚養殖では成長促進剤や血漿製剤などを使って早く大きく育てています。一見同じような個体に見えても身が膨張しているだけなので、おいしさが全然違います。鯛もそうですが、鰻はもっと違いが明らかです。質ではなく、お金(効率)を優先した結果ですよね」。
ほかに「穴子の塩焼き」「牡蠣の昆布焼き(レシピ掲載あり)」をいただいたが、どちらも今まで食べたことがないおいしさが口に広がった。
魚の神経締めを知っているだろうか。人の手で脳死状態を作り出す締め方で、魚の脳が出す「死にました」という信号を、神経を破壊することによって行き渡らないようにする手法だ。穴子の神経締めをできる人はほとんどいないらしく、金田さんいわく「日本で私一人」とのことだが、これも昔ながらの生命力をいただく食べ方の一つだろう。死んでしまった身ではなく、死んだと認識していない「生きた」身をいただくのだ。
金田さんの杭打ち式牡蠣養殖は、できる限り自然に近い厳しい環境で育てる手法だ。杭打ち式でなければ、養殖業をやらないと言い切る金田さんのこだわりが、より深く理解できた時間だった。
私たちは、これからも命をいただいて生きていくだろう。それならば、より生命力にあふれ、素材そのものの味わいを教えてくれる広がる命をいただこう。
金田水産公式サイト
http://www.kanedasuisan.com/
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