9月5日、成長途中の様子を見せてもらうため金田水産へ。青空に真っ白な雲がもくもくと泳ぐ夏らしい天気だ。最初に少し収穫作業があるというので同行させてもらった後、収穫用の船から小型の船に乗り換えて、育成中の牡蠣がいる養殖場に連れて行ってもらった。
この日、吊されていたのはおよそ1年前に採苗した牡蠣。牡蠣は夏に卵からかえり海中を漂いながら岩場などに付着して成長するが、養殖ではこれを再現するために、牡蠣の赤ちゃんがいる海中にホタテの貝殻を沈めて付着させる。この工程を「採苗」という。
金田水産では採苗を江田島で実施する。採苗は産卵期の7~9月で、採苗期間中は毎日のように牡蠣の個数などの情報を確認し、付着期に入った牡蠣が増えた頃を見計らってホタテの貝殻を海に入れる。
夏に江田島で採苗した牡蠣は安浦に持ち帰ったのち、翌春4月頃まで干潟の棚に置いてから海に沈める。干潟に置くのは海面上にさらされる時間を長くすることで牡蠣に危機感を覚えさせ、厳しい環境に耐えられるよう鍛えるためだ。この工程を「抑制」という。
養殖場には、幾重にも重なったホタテの貝殻が針金に通され棚に吊されている。これを「垂下連」というが、産地の人なら、巨大なネックレスのように連なったホタテ貝が、牡蠣養殖場の近くに大量に積み上がっているのを見たことがある人も多いだろう。
ホタテ貝の表面には、まだ小指の先ほどにもならない小さな牡蠣がびっちりと付着。今シーズンは、種の付着具合と成長具合は非常に良いようだ。連なった牡蠣は全て海面から上に出て空気中にさらされている。今まさに、目の前のこの小さな牡蠣たちは身の危険を感じ「今の自分じゃダメだ。たくましくなって、なんとしてでも生き延びなければ!」とドキドキしながら強く成長しようと頑張っている真っ最中なのかなと想像すると、心底応援したくなってくる。中には危機に気づかないのんびり屋の牡蠣もいたりして…。
知っての通り、この2カ月前に西日本は未曾有の豪雨に襲われ甚大な被害に見舞われた。安浦は中でも被害の深刻な地域の一つで、金田さんの自宅も浸水してまだ完全には復旧できていないという。
当然、海への影響も見過ごせない。土砂が大量に海に流れ込み、海底が少し上がってきているのを感じるほどで、船も通りにくくなっているという。土砂の影響で海が濁ったことによって衛生面が問題視されれば養殖業者にとっては死活問題。安浦の海域は本来生食用の許可が下りているが、金田さんは「今年は許可が下りないかもしれない。場合によっては出荷自体が停止になる可能性もないわけではない」と肩を落としていた(その後、出荷シーズンに入って検査したところ、問題なく安全性が認められ生食用の許可も下りたため、購読者の皆さんにも事お届けできることとなった)。ちなみに生食用の許可が下りているのは広島県でも安浦、安芸津、音戸、江田島の一部など限られた地域だけである。
さらにアマモへの被害も今後の牡蠣養殖をはじめ安浦一帯の海の環境に深刻な影響を及ぼすことが懸念される。アマモは沿岸の砂泥地に生息する海藻の一種。腐食食物連鎖によって牡蠣をはじめ海に住む生き物たちの餌となる植物プランクトンを生み出し、豊かな海域づくりに大きく貢献している。安浦の海ではたくさんのアマモが元気に生きていたが、今回の豪雨で流れ込んだ大量の土砂などによってアマモの住み家が破壊されてしまった。
この日、海上から見わたす山には、豪雨にえぐられた山肌が痛々しく残っていた。何もなかったかのように燦々と照りつけるまぶしい太陽の下で、ただ黙って、まだ治まらぬ痛みを訴えているように見えた。
海には土砂と一緒に山の養分も流れ込んでいるが、それも一時的なもの。おおもとの森林が破壊されたままでは栄養も尽きてしまう。かといって一朝一夕で元通りになるはずもない。安浦は島に囲まれ入り江になっているため潮の入れ替わりが少なく、土砂が下りてきやすい上に土砂が流出しにくいことも、問題を深刻にしている。海底に流れ込んだ大量の土砂は地元の人たちの力だけで簡単に撤去できる規模ではなく、今後の対応が課題だ。
「自然災害といっても人災。温暖化も人間の仕業です。野呂山も商業樹林帯にしているから土砂崩れしやすいんです。国が数十年前からスギやヒノキを植えていますが、今は材木の価値が下がって放置されている部分もかなりあります。原生林に近い状態に戻すことができれば、根を広く張る植物も多く土砂崩れ防止にもつながると思うのですが。最近の気候は異常過ぎ。そろそろ私たち人間は気づいた方がいい。これは自然の警告だと私は思っています」。
12月4日、いよいよ収穫。西日本豪雨の影響で一時はどうなることかと心配されたが、10月の検査を無事クリアしたと金田さんから連絡があり、この日を迎えられたことは素直にうれしかった。
雨予報だったが雨天決行のため編集部はみんな全身防水体制。降ったりやんだりはっきりしない天候の中で出港したが、その後、海の上で雨を気にすることはなかった。
出港して数分もすると杭打ち式の棚が見えてきた。杭の先端だけが海面からのぞき、牡蠣は頭からすっぽりと海中に潜っている。海の中でゆらゆら揺られ、くつろいでいることだろう。
金田さんはクレーンを操作して、これから収穫する場所にフックを下ろした。人が一人歩けるだけの細長い木製の足場に船から乗り移り、作業開始。自分ならそんなところで作業したらバランスを崩して落ちてしまいそうだ。
牡蠣がぶら下がっている針金を棚から外し、一連、一連、クレーンのフックに掛け替えていく。上からのぞいてみるが、ゴツゴツとしたシルエットが海中で揺らめいているだけで、全貌は分からない。一通り掛け終わると金田さんは船上に戻ってクレーンを操り始めた。
クレーンがゆっくりと首を上げるにつれ、フックに連なった牡蠣の大群が海面から少しずつ姿を現した。一つ一つは手のひらサイズの牡蠣も、束になるとすごい迫力。海から大きな怪獣を釣り上げているようにも見える。見上げるくらい高く上がると、ようやく最下端が出てきた。全長3メートルくらいあるだろうか。飾りのない巨大なクリスマスツリーのような様相で、海水を振り払うように大きく揺れながら水しぶきを散らしている。
金田さんはその巨大なツリーを船上の大きな収穫用のカゴの上に旋回し、大きなハサミで針金を切断。ガラガラガラガラ…と音を立てながら大量の牡蠣がカゴに落ちてきて、みるみる山積みに。今の今まで海中で暮らしていた牡蠣は海藻やフジツボなどの付着物を背負ったまま、ゴツい鎧を黒々と光らせている。全ての牡蠣を下ろすと、再び金田さんはクレーンを棚の方に戻し、さっきと同じ作業を繰り返した。
約30分ほどで収穫作業を終えて帰港。あとは室内での作業なので着ていたカッパを脱ごうと車に戻った途端、急に土砂降りが。それも一瞬で止んだが、こんなタイミングで降るなんてと、一同驚いた。なにはともあれ、ずぶ濡れでの撮影は免れ、カメラが壊れることもなくホッとした。
作業場に入ると、大量の牡蠣殻を前に三人のスタッフさんが並んで黙々と手を動かしている。牡蠣の殻を開けて身を取り出し、むき身にする作業「かき打ち」の真っ最中だった。かき打ちに従事する人を「打ち子」さんと呼ぶ。牡蠣のむき身はこうして一粒一粒、打ち子さんの手によって取り出されているのだ。
普段、殻付き牡蠣を食べる時は開けるのに手間取ることも多いが、打ち子さんのスピードたるや、目を見張るものがある。プロを前にした牡蠣は観念してガードを緩めてしまうのだろうか。あれよあれよという間に、つるんと白い肌を表す。むかれたばかりの牡蠣を金田さんが編集部におすそ分けしてくれた。トゥルンッと滑らかな舌触り。かみ応えのある肉厚。ほんのり海水のしょっぱさとともに、牡蠣の底力とでもいおうか、旨味が口いっぱいに広がった。
ところで、水に浸かったむき身の牡蠣をスーパーなどで購入して家庭で調理したら、調理前と比べてかなり小さくしぼんでしまって残念な気持ちになったという経験はないだろうか。実はそのような場合、売り場で見る牡蠣の大きさは牡蠣本来の身の大きさではなく、水を吸っていわば「水太り」し、ぷよぷよに膨張している状態。だから火を通して水分が出てしまうとその分縮んでしまう。
しかし、金田さんの牡蠣はもちろん、きちんと身が詰まったむき身を海水に入れてパックしてやれば、無駄に水を吸い込むことなく、火を通しても、ほぼ最初に見たままのプリプリした姿でいられるのだ。
作業場の外では牡蠣の洗浄作業中。その中に一部、何やら特別扱いされている牡蠣集団を発見した。彼らは通称「エベレスト」と呼ばれる杭打ち式牡蠣の最高峰。棚に吊されている時、最も高い位置に置かれるため、ただでさえ厳しい遠浅の干満に耐えねばならない杭打ち式牡蠣の中でも、より過酷な試練に耐え抜いた牡蠣なのだ。泣く泣く持ち上げられたのか、志願して頭を張ったのかは分からないが、なんだかカッコイイではないか。金田さんの言葉を借りると「野性味あふれる圧倒的な迫力を持つ」というエリートの味も、機会があればぜひ味わってほしい。
金田水産公式サイト
http://www.kanedasuisan.com/
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