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ひろしま食物語 ひろしま食物語

うちの牡蠣は、広島一の生命力

2019年3月執筆記事

呉市安浦町
金田水産

金田 祐児

 「Rの付く月に牡蠣を食べよう」と聞いたことはないだろうか。つまり英語表記のスペルに「R」が付くSeptember (9月)からMarch(3月)までが牡蠣のシーズンといわれ(一部品種を除く)、牡蠣好きなら、秋頃になると「そろそろだな…」と牡蠣料理が並ぶ季節の到来に心ときめく。シーズンに入ると待ってました! とばかりに冬の風物詩を満喫するのだが、より一層おいしさを求めるなら2~3月の牡蠣を味わわなければ。呉市安浦町で「杭打ち式」という方式で牡蠣を養殖する金田水産。代表の金田祐児さんは3代目で、祖父の代から続く会社を守っている。金田さんが育てる杭打ち式牡蠣のおいしさが仕上がるのは2~3月。牡蠣は産卵期の夏に向け1年かけて体内にエネルギーをたくわえていき、産卵から最も遠い時期である2~3月に栄養価も旨味も高まる。身は筋肉質な弾力をもち、殻を開くとむっちりと大きな姿を現す。この時期を過ぎてしまうと今度は脂身が増え、卵が育つにつれて旨味が薄まっていくのだ。だから金田さんも「お歳暮や忘年会など年内の需要も多いですが、おいしさが仕上がる2~3月の牡蠣もぜひ味わっていただきたいですね」と勧める。

 ところで「杭打ち式」とはどのような養殖法なのだろうか。広島県では通常、ブイ(浮標)で浮かべたいかだに牡蠣をつるして養殖する「垂下式」という方式が取られている。瀬戸内海に浮かぶ牡蠣いかだを、広島県を象徴する風景の一つとして思い浮かべる人もいるだろう。
 これにもうひと手間加えるのが「杭打ち式」。途中までは垂下式と同じだが、収穫半年くらい前になると、より栄養が豊富な海域に竹で棚状のいかだを組み立て、そに牡蠣を移動させる。これは垂下式ではできない「潮の満ち引きによる影響」を牡蠣に受けさせるため。
 棚に吊り下げられた牡蠣は潮が引くと空気中に露出する。猛暑の真夏や極寒の冬といった厳しい環境にさらされ、さらに海中にいる間しか捕食できないため、牡蠣は危機を覚え、危険に備えて栄養分を体内にたくわえて過酷な環境に耐えられるよう生命力を高めようとする。つまり岸壁にしがみついているゴツゴツといかつい殻をまとった天然の牡蠣と同様の環境下に置いて、たくましく育ってもらおうというのだ。実際、垂下式の牡蠣と比較した際、牡蠣に含まれる栄養の主成分でありおいしさのもととなるグリコーゲンが2倍含まれているという検査結果が出たという。
 金田さんいわく「つまり生命力が倍違うということ。牡蠣はどんなに厳しい環境の中もなんとか生きようとします。人間はしんどいとあきらめることもありますが、牡蠣はあきらめるということを知りません。なんとか乗り越えて生きてやろうと働くので、死んでしまう限界を越えない限りは生きるためにどんどん強くなります。水中にいる間しか捕食できないので、ため込もうとして栄養価が高まり、厳しい気温にも耐えられるように殻がごつくなって、生き抜こうとする働きがおいしさを生みます。垂下式は杭打ち式に比べれば優しいハウス栽培みたいなもの。岸壁に付着している野生の牡蠣は本当においしいですが、そんなやつらと同じような生育状態をつくっているのです」。
 牡蠣のエサは植物プランクトンで、植物プランクトンのエサとなるのはリン、窒素、ケイ素などの養分。これらの養分は森の腐葉土がバクテリアに分解される際に発生し、川を伝って海へと流れてくるため、河口はエサの宝庫となっている。金田水産の杭打ち式牡蠣は、呉市で最も高い野呂山の河口に広がる遠浅の海域で、豊かな伏流水から栄養をたっぷりいただきながら、潮の干満に鍛えられてスクスクと成長するのだ。

 おいしい牡蠣を育てる条件が整った杭打ち式だが、その方式を取っているのは広島県では安浦のみで、安浦の中でも3~5軒だという。かつてはブイ(浮標)でいかだを浮かべるという技術がなかったため、浅瀬に棚を立てる杭打ち式が広島県全域で見られたが、いかだを浮かべられるようになってからは垂下式が主流となっていった。
 浅瀬に棚を立てる場合は短い尺(10~13尺程度)の針金しか吊せないが、ブイ(浮標)で浮かべれば深い場所だと30尺もの長さも可能で、生産量に大きく差が出る。しかも移動などの手間もかからない。このような生産性と労力の問題から、杭打ち式はどんどん少したが「それでも杭打ち式の方がおいしい」と信じ、品質で勝負してきた結果が安浦に残っている。
 同じ杭打ち式でも仕上げの期間や目的などは生産者によってそれぞれだが、金田水産では2年間垂下式で育てた後、収穫前の半年間を杭打ち式で仕上げる。最初から杭打ち式ではなく垂下式と併用する理由はこうだ。
 まず、牡蠣の赤ちゃんは天然の場合岩などに付着するが、養殖ではホタテ貝などの貝殻に付着させて育てる。垂下式の場合は常に海中にいて浮力がかかっていることから、牡蠣は全体的に放射状に伸びようとする。そのためホタテ貝との接着面は狭いが、海中では抵抗も少ないので剥がれてしまうこともあまりない。
 しかし赤ちゃんの時から杭打ち式で育てると、過酷な環境の中で剥がれまいとする力が大きく働いて接着面を取ろうと貝殻の面に広がってしまう。そのため大きく育ちにくく、個体数も取れない。だから、いったん垂下式で大きく育てた上で仕上げるという形を取り、おいしさを追求しながら、可能な限り、大きさも数も最大限を目指している。

 金田水産の全生産量のうち、杭打ち式牡蠣は約3割。杭打ち式で得たノウハウを生かしながら垂下式の牡蠣も養殖する中で、長期養殖も手がけている。
 広島県では牡蠣の種付けから出荷まで通常2年半かけるのが一般的だが、金田水産の長期養殖牡蠣は4年もの。期間が長くなればなるほどリスクも高まる。長く吊しておけば潮や船の往来でいかだが揺すられ、成長して大きくなれば離れやすくもなる。リスクはあるが、殻がごつくなり中身も大きく育った、ひと味違う殻付き牡蠣を提供するため取り組んでいる。
 金田さんは最長7年かけたことがあるというが、4年が人間でいう40~50代にあたる成熟度で、それ以上かけても身が入らず、生きてはいるが産卵するエネルギーもなくなってくるそうだ。たとえば100個からスタートしても、4~5年のうちに半分ずつ死んでしまうという。
 7年生きれば人間でいう90~100歳クラス。殻はどんどん大きくごつくなるが、中身はほとんどないという。結論として、大きく育てるなら4年がギリギリのラインで、味は2年半が最も安定しておいしいそうだ。
 「広島県ではうちの牡蠣が一番だと思っている」と自信を見せる金田さん。「うちほど手をかけるところはないと思う。『広島牡蠣』というだけで売れるからといって、生産量だけ増やしてクオリティーを追求しないというようにはなりたくない。だから人工採苗は絶対にやらない」ときっぱり言い切る。
 さらにその理由を続けた。「人工採苗だとどうしてもおいしさに限界がある。自然界の淘汰がないので。卵子と精子が結びついて海中をさまよい、その過程で生存競争が繰り広げられ、生き残った牡蠣が岩場や貝殻に付着。その中でさらに生き残れる命はほんのわずか。このように本来自然の中で淘汰されるものを、人工採苗では餌を与えて付着したものを基本的に全て育てていくという発想なので、強いものだけが生き残るわけではありません。自然界では生き残れないものも生き残っているということなので、生命力から生まれるおいしさをもっていないということ。生産効率は良いと思います。天然では自然に任せるしかない部分を確実にするのですから。人工採苗を取る意味は、おいしさを引き出すというよりも、生産量を上げて採算が取れるように簡略化できること。そうなると本当においしいものは生まれないと私は考えています。人工では決してつくれない、牡蠣そのものが持つ自然の生命力でしか生み出せないおいしさがありますから」。

 祖父の代から続いている杭打ち式牡蠣の養殖。中学生の頃から仕事を手伝い、子どもながらに将来は自分が受け継ぐものだと意識していた。大学を出て一度は牡蠣の仲買会社に勉強がてら就職したが1年ほどで家業に入った。
 生まれた頃から安浦の海と牡蠣と共に生きてきた金田さんは、自然の変化を憂う。「これだけ自然が痩せてしまったら、もう牡蠣では食べていけなくなると思います。が子どもの頃からものすごく変化したし、自然が狂っている。ここ2~3年だけ見ても全然違いますし、親父が子どもの頃から比べれば、漁獲量は10分の1以下になっていますから」。
 昨年、広島県内で有数の採種場である江田島で牡蠣の種がほとんど採れなかったという。金田水産では一昨年取っておいた種を残しているのでかろうじて継続してつくれるが、種が一つも確保できていない会社は2年半後に収穫できる牡蠣がないということだ。
 「そういった意味では人工採苗はリスクが少なく、天然が厳しくなる一方の現在、今後は人工にシフトしていかざるを得ないと思います。でもうちは絶対に人工採苗は手がけません。天然でとれる分だけとって、足りなければアルバイトに出るしかないですね(笑)。おいしさも栄養も少ないものを量産することは、僕にとって意味もクオリティーも感じられないことで、それなら仕事をしている意味がない。お金を稼ぐため、自分が食べていくためだけに、おいしさや安全性をないがしろにすることは、倫理的にも問題があると考えています。たとえば、産卵しない牡蠣が開発されましたが、産卵によるエネルギー放出がないので、どんどん大きくなります。大きな牡蠣は需要も高いので売れるでしょう。だけど1年中餌を食べ続けるので、ただでさえ痩せている自然にとって、やるべきことと真逆をいっていいのかと僕は思います。植物プランクトンを培養する薬品もありますから、それを海にまけば牡蠣は早く太るでしょうけれど、培養できる種類は限定されるので、それぞれの海域の体系を壊してしまうかもしれません。人が手を加えても倫理が守られれば問題ありませんが、倫理に反するならそれはやはり問題。そんなことを言い出したら何もできなくなってしまうかもしれませんが、大事なことです。だから僕は天然にこだわって、自然の力でつくり上げた生命力の高い牡蠣のおいしさを届けることで、食べた人に『なぜこの牡蠣はこんなにおいしいんだろう』と自然の理を感じてもらえたらいいなと思っています。それをきっかけに、普段食べているものについても考えてもらえるのではないかと」。
 これだけの思いと覚悟で育てた牡蠣だから、もっともっとたくさんの人に知ってもらい食べてもらえたら幸せかもしれない。でも、やみくもにたくさんの人に売るよりも、どんなに手間がかかっても人がやらないこと、自分が信じることを誠実にこなす。そして牡蠣と共に精一杯つくり上げた生命力あふれるおいしさを通じて、本当に伝えたいこと、人々が気づくべきことを分かってもらえれば、それが金田さんにとって大きな価値となるのかもしれない。
 金田さんは牡蠣と関わるようになって、金田水産の牡蠣がほかと全然違うと感じ、検査では数字にも表れた。それからずっと何が違うんだろうと考え突き詰めてきたという。「大切なことは全部牡蠣に教えてもらった」と金田さんは言う。人が自然から学べることは、自分たちが思っている以上にもっと多く、もっと大切なものに違いない。

金田水産公式サイト
http://www.kanedasuisan.com/

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掲載記事内容は取材当時のものであり、
現在の内容を保証するものではありません。