5月の中頃、世羅にあるTea Factory Genの茶畑を訪問した。若々しい新芽が顔を出し、新緑が放つ生命力が茶畑一面にみなぎっている。この日は茶摘み。ここは長年管理していたお茶農家さんから譲り受けた畑で、60年ほど前に静岡から持ってきた在来種が大切に受け継がれているという。
在来種とは品種改良されていない昔ながらのお茶の木。主要なお茶の産地では多くが生産性や品質向上のために改良された品種を苗から育てるが、在来種は種から育ってその地にしっかりと根を張り、畑ごとに、種ごとに、個性を発揮する。
在来種というだけでも希少だが、この畑では肥料を与えず、農薬も使わないというから、さらに珍しい。そのような状態で守られてきた畑が残っていて、そのような栽培方法を追求する玄機さんが譲り受けることになるなんて、この出会いは運命的。肥料や農薬が使われていた畑は土壌にも影響が出るため、それらをなかったことにするのは並大抵ではない。
「今年は良いですね」玄機さんも期待の笑顔。摘み取ったばかりの茶葉の山から、玄機さんが両手ですくい上げて香りを確かめている。真似して匂ってみるが、かぎわけ方は分からない。直接的に濃厚なお茶の香りが漂ってくるわけではないが、でもかすかに…? 試しにかじってみるが、分かりやすくお茶の味がするわけでもない。ただ、瑞々しくやわらかな茶葉の1枚1枚に、この茶畑ならではの個性が詰まっていると思うと、今年の味が楽しみになった。
世羅の茶畑を最初に訪れたのは3月の終わり。長袖シャツ1枚で過ごせる陽気だった。周囲の田園風景を見渡せる小高い茶畑で、この日は番茶用の茶摘み。
まずは先端付近の赤くなってしまった葉を摘み、その後、製茶するための葉を収穫する。赤くなった葉は通常廃棄するのだが、玄機さんは「赤い葉で作るとどうなるのかな」と試してみるという。後日結果をたずねてみると、やはり活用は難しかったようだが、隙あらば既成概念を破ろうとチャレンジする玄機さんを見ていると、こちらまでワクワクする。
茶摘みといえばカゴを腰にぶら下げて手摘みする風景がおなじみだが、目の前に現れたのは大きな刃の付いた摘採機。二人がかりで畝を挟んで機械の両端を持ち、ゆっくりと移動しながら摘み取っていく。刃の後ろには巨大な袋が付いており、摘み取った葉は送風機で袋に送られてビュンビュンと溜まっていく。「もう少し上、もう少し下」玄機さんが声をかけながら息を合わせて進む。適切な位置でバランス良く摘み取らなければ新芽の生育に影響してしまうため、どのくらいの高さで摘み取るかはとてもデリケートな判断だ。二人が通り過ぎた後、お茶の畝はこんもりとかまぼこ型に整っていた。
茶摘みの後は茶葉を工場に持ち込んで製茶する予定だったが、この日は工場が使えなくなったということで予定を変更し、尾道にある玄機さんの自宅へ。手作業による製茶を見せてもらうことになった。玄機さんは尾道から世羅の畑通っている。
使用するのは先ほど摘んだお試し用の茶葉。茶葉を蒸すために、庭にあるレンガ造りの炉で薪を焚いて、大きな鉄釜で湯を沸かす。編集部もせっせとお手伝いするが、なかなか火がいい具合に燃えてくれない。いつまで経っても鉄釜の水はぬるいまま。
慣れない作業は手こずるものだなと悪戦苦闘しながら数十分は経っただろうか「鉄釜にひびが入っとるよ!」の一声。一同「えええっ…!」鉄釜から漏れ出した水が、起こした火をせっせと消火してくれていたのだ。言われてみれば鉄釜の水も減っているような…。
誰もその事実に気づかず、何も疑わず「酸素が足りないのかも」などと見当違いな議論をしながら、ただひたすら火が起きるのを信じて薪をいじくり回していたという、何ともピュアな(マヌケな)仲間たちであった。そんな時も玄機さんは動じることなくニコニコ笑っている。平和である。
気を取り直して作業を進め、今度は「乾燥」。Tea Factory Genには潮風に吹かれながら乾燥する「浜茶」という商品があるが、この日はその方法をとるという。
尾道の港に移動し玄機さんがいつもお世話になっているという屋形船へ。停泊している屋形船の屋根にビニールシートを敷き、茶葉を広げて乾かす。屋形船で茶葉を干す? 聞いただけでも疑問だったが、実際に現場を見ても不思議な光景だった。確かに屋根の上なら人がそばを往来することもなく、じっくりと風に当てることができるが、なんともユニークな発想だ。
朝9時から玄機さんたちに密着し、気づけば夕方の5時。うれしいことに、玄機さんがお茶をいれてくれるという。「僕のおすすめの飲み方があるんです」なんだろうと、勧められるままに玄機さんが用意してくれた中から各自好きな湯飲みを選んだ。すると「こっちです」と波止場に案内してくれた。
「ここに座ってお茶を飲むのが好きなんです」夕日に照らされて輝く尾道の海をすぐそばに、地べたに座ってお茶を囲む。潮風も心地いい。玄機さんのお茶は疲れた体にスーッとしみわたり、体が求めるままについついおかわりしてしまう。なんとも贅沢な1日の終わり。一番疲れているはずの玄機さんが、一番気持ちよさそうにニコニコ笑っていた。
5月下旬、東広島市の茶工場で製茶の工程を見せてもらった。玄機さんが今年初めて稼働するので、現在の管理者である堀田さんから機械の使い方を教わるという。
工場に入ると数メートルにわたり帯状に大量の茶葉が山積みになっている。寝っ転がったら埋もれてしまいそうなほど。何日分かなと思ったら、この日の昼過ぎくらいまでに全部加工してしまうらしい。驚いたが、なるほど、この工場の規模ならできてしまいそうだなと納得した。
天井高は3階建てのビルくらいだろうか。広々とした空間には製茶の工程に沿って巨大な機械がぐるりと設置してあり、工内にはゴォーンゴォーンと機械音が響きわたる。規模が大きいため燃料や電気代などのコストもばかにならないという。機械はどれも年季が入っており昭和50年代くらいのもの。堀田さんが大切にメンテナンスしてきたのだろう。機械のそばには使い込まれた工具がたくさん並んでいた。
お茶の製造工程を大雑把にまとめると、蒸して(葉の臭みを取り除き、次の処理を容易にする)、もんで(圧力や熱を加えながら水分を均一に飛ばす)、形を整え(葉を細くひねって針状に)、乾燥させて完成。機械作業でも手作業でも基本の流れは同じで、3月に玄機さんの自宅でも製茶過程を一部見せてもらったが、この工場ではそれが何倍もの規模になって迫力を増している。
第一工程の蒸し機の前では、これから機械に入ろうとベルトコンベアを上っていく大量の茶葉から使えない茶葉や異物を選別中。編集部が到着したのは9時前ごろだったか。聞けば朝の7時頃から作業しているそうで、山盛りの茶葉が全て機械に乗る昼過ぎまで続く。蒸し機は太いパイプ状になっており、中で茶葉がくるくると回転して舞いながら高熱の蒸気によって蒸し上げられている様子を外から見ることができた。
これ以降しばらくは巨大なタンクの中での処理になり、外から様子をうかがうことはできない。時折、玄機さんや堀田さんがタンクについている小窓のような扉から茶葉の状態を確認していた。
もみの最終段階になると、茶葉の姿が再び現れる。大きなタンクからサラサラサラサラ…と心地よい音を立てながら落ちてくる大量の茶葉をざるで受けて次の機械に移し替え、ガスの熱でさらに乾燥させながら形を整える。
この段階になると茶葉はすっかりいい香りを漂わせている。針状に整った茶葉は最後に乾燥機に乗せられ、1階から2階につながれた長いパイプの中を強力なファンで吹き上げるようにして飛ばされ、2階の完成茶葉の置き場にたどり着く。上の方でザザザザーーーッと音がすると「できた!」とワクワク。2階に上がってみると「葉っぱ」からすっかり立派に製茶された茶葉がてんこ盛りになって、香ばしい香りを放っていた。
玄機さんは終始巨大な機械の間を行ったり来たりせわしなく動き回り、堀田さん親子から機械の使い方やアドバイスを聞きながら懸命に作業を進めている。「(以前玄機さんが勤めていた)鹿児島の工場とは全然違うので(苦笑)」慣れない設備で大変そうだ。
TEA FACTORY GEN公式サイト
https://tea-factory-gen.com/
TEA STAND GEN
〒722-0035 広島県尾道市土堂1丁目14-10
Tel.0848-88-9188
営業日/水木金土日祝日
営業時間/12:00-17:30
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