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ひろしま食物語 ひろしま食物語

当たり前だった「本物」をもう一度

2022年1月執筆記事

東広島市八本松町
アグリ・アライアンス(脇農園)

脇 伸男

 初めて脇さんにお会いしたのは2018年3月。当時から白ネギをはじめ茄子やアスパラガスなどをつくっていたが、その年から新たに落花生の栽培を始めようというタイミングだった。あれから4度目の冬を迎え、ようやく『ひろしま食べる通信』で購読者の皆さまにご紹介できることとなった。この間に、全作物合わせて5ヘクタールだった圃場は10ヘクタールへと拡大。主力の白ネギを超える勢いで、落花生の生産量も順調に増えている。
 落花生を始めたきっかけは白ネギの連作障害対策。いろいろな農作物を検討した結果、落花生にたどり着いた。「収入はもちろん大事だけど、夢を追いかけるなら落花生かなと」と脇さん。おやつやおつまみとしてなじみのある落花生だが、国内で流通している落花生の9割は海外産で、国内産は約1割程度に留まっているという。その数少ない国内産のうち約8割を千葉県(国内トップ)、約1割を茨城県(第2位)が占めている。「それなら新たなピーナッツの産地をつくるのが面白いかなと思って、挑戦しているところ」。
 脇さんが農業を始めたのは15年前、60歳の時だった。「おいしいお米をみんなに食べてもらいたい」と両親が米をつくる姿をずっと見てきたが、そろそろ引き継いでくれないかと頼まれたことがきっかけだった。「でも、いかに計算しても米づくりではそろばんが合わない。米ではなく畑作にしようと親に話したら、畑作は手間がかかりすぎてとてもじゃないができんよというものだから、畑作ならやるけど、米づくりならやらないと言った。それなら畑作でいいからということになって、そこからスタート」。
 どんな作物が土地に合うのかも分からないため、最初は白ネギをはじめアスパラ、茄子、ピーマン、オクラ、にんにく…何十品目もつくりながら、土を改良していったという。徐々に効率を求めて少品種に厳選し、少品種、大量生産へと軌道修正。まずはこの土地でのつくりやすさや採算性を重視して白ネギに注目し、八本松周辺から東広島一帯の産地化を目指して進んできた。「以前は親がつくったものが食卓に出てきてそれを食べるだけで、特別に関心はなかったし、バブルの時代は付き合いなんかで偏食ばかりしていた時期もあったけど、自分が農業を始めてみると、昔はこうだったな、子どもの頃はああだったなと記憶がよみがえってくるもので、子どもの頃に食べたトマトの味が本物だったんだなとか、そういったことを思い出すよね」。

 長年つくり続けてきた白ネギは、脇さんの熱心な働きかけと、農業関係各所の指導と理解と協力があって周辺にも生産者が増え、念願の産地化が実現した。次なる目標は落花生の産地化というわけだ。「ここまでこられたのは、皆さまの協力のおかげ。産地化するには事業として成り立つくらい、ある程度の生産量が必要なので、生産してくれる人を増やさないといけない。そのためには、生産後の加工や販売などの後工程もしっかりと整えて、つくったものがきちんと売れる仕組みをつくり、安心して生産してもらえる環境を整えなければならない」。
 その一環として、収穫後の加工から出荷までを担える新工場の建設が計画されており、2023年の始動を目指している。これが軌道に乗れば、周辺の農家さんたちは安心して「つくる」ことに集中できそうだ。「つくってくれさえすれば、あとはしっかりうちが引き受けますよという形をつくっていきたい」。
 落花生の加工品としてはピーナッツペーストがすでに一般販売に至っている。ほかにもピーナッツ茶などいろいろ試作中だ。「収穫した落花生は全て、ビニールハウスの中で天日干し。日の当たり具合によってそれらがキラキラと黄金に輝いて見える時があって、それがお金に見えるんよ(笑)。それを見て、何かできるんじゃないかとひらめいて、それならやってみようかということになるんよね」。そんな乾燥用のビニールハウスもこの4年で7棟から22棟へ激増。それだけのビニールハウスが黄金色に輝いていたら、さぞまばゆいに違いない。
 落花生の栽培を始めた時から、東京大学との共同研究にも取り組んでいる。以前、東大の教授らが視察に訪れた際、脇さんがつくる農作物と、最も大切にしている「土」を見てその考え方を聞き「これは素晴らしい!」と賛同を得たことからスタートした。これまでも脇さんのもとには、教授や研究者、国連関係者、著名な料理人、同業の農業者など、国内外から実に多くの人が、土づくりに対する考え方や方法を学ぶために訪ねてきた。「こうしてご縁のあったたくさんの方々とお付き合いすることで、われわれもだんだんと引き上げてもらっています」。
 そんなにもたくさんの人が注目し心ひかれる「脇さんの土」にはどのような魅力があるのだろう。まずはその「深さ」。畑の上層部、いわゆる耕す部分「耕土」を、脇さんの畑では50〜60センチ確保している。20〜30センチくらいが一般的なことを考えると、いかに深いかが分かる。「落花生もそうだけれど、農作物の根が80センチくらいまで伸びることを考えると、せめてそのくらいの深さがないとのびのびと育たないのではないかというのが私の考え」。
 堆肥は樹皮を発酵させたバーク堆肥を中心に、植物性のものを使用。県内で藻塩づくりの際に使われたミネラルをたっぷり含んだホンダワラも混ぜている。栄養満点の土の中では微生物が活発にせっせと働き、土壌の粘土質や有機質などと影響し合って団粒化する。団粒化とは、土壌の粒子が大小のおだんご状になって混ざり合っている状態。こうなると、おだんごとおだんごの合間にできた適度なすき間が水分を通しやすくなるため、雨などでたくさんの水分が流れ込んできても過剰分を排水しやすくなる。一方、おだんご内部の細かいすき間では、ほど良い水分と酸素が保たれる。こうして、通水性、保水性、通気性に優れたフカフカの土が出来上がる。その土でかまぼこ型の畝をつくり、畑をぐるりと囲むようにして排水路を設け、地下にも暗渠(地下に埋設されているもしくは水面がふたなどで覆われている水路)を敷いて、大量の水を逃がすといったように、何段構えにも排水対策を施している。
 では50〜60センチの耕土をさらに潜ったその下は…というと、水を溜めるスペースになっている。干ばつなどで畑が水不足にならないよう、常に水を保持しておいて、必要な分をそこから吸い上げられる仕組みだ。
 9月の終わり、白ネギの定植作業を見せてもらった。最初に案内してもらった圃場は定植が始まったばかりで、ふんだんに敷き詰められた自慢の土が、苗を受け入れようと準備万端で両手を広げて待っているように見える。脇さんいわく「この圃場はまだ1年だから、土が育つのもこれから。3年くらいたたないとね」。
 定植機に苗を積み込んで線を引くように植え付け、機械が通った後は苗が倒れていないかなどチェックしながら手作業で整える。広い圃場の端から端まで行ったり来たりを繰り返し、少しずつ増えていく緑色のラインはまだか細く、土の存在感の方がだいぶ強い。しかし数カ月後にはワサワサと緑色が主張する光景に変わるのだ。
 続いて、そんなワサワサ状態に育った圃場へと案内してもらった。もう十分に成長しているように見えるが、脇さんは「まだまだ食べられんよ」という。そう言われてもおいしそうに見えて仕方のない編集部。ついついもの欲しそうな顔をしてしまっていたのか「食べてみんさい」脇さんがスッと1本抜いてくれた。白ネギを生でかじることはあまりないような気もするが、ありがたく「いただきます!」。根元に近い白い部分をガブリ。「ホントだ…カ…カライ…」でもそのまま噛みしめていくと、フッとまろやかさというか甘みというか、そんな風味が広がった。「これから一段と寒さが厳しくなると、白ネギが一生懸命に自分を守ろうとする。そうすると、甘味が増すんよ。だから、今からもっと甘くなる」と脇さん。最後に感じたあの甘みがこれからもっと増していくんだなと思うと、やっぱりあともう少し成熟するのを待とうと楽しみになった。
 次の圃場では暗渠を敷くための土木作業が進んでいた。入り口付近には山盛りに積まれた堆肥も。こんなに堆肥を入れるんだとびっくりしたが、脇さんはスタッフに「これじゃ足りんじゃろう。もっと入れてええよ」とアドバイス。良質の堆肥を惜しみなく与えられて、脇さんの白ネギはスクスク成長するのだ。
 圃場の奥では重機が大きな音を鳴らしてせっせと働いている。すでに掘られていた溝は50センチくらいはあっただろうか、表面の土とは全く違う質感の層があらわになっていて、地球の断面をチラリと見せてもらった気分だ。最終的には120センチの深さまで掘り、バーク堆肥を入れて排水管を埋設。この水路が圃場の水分調整に重要な役割を果たすこととなる。肥沃な圃場に地中の水路、目に見えない部分まで計算しつくされた脇さんの圃場の構造を実際にこの目で見ることができ、スケールの大きさと緻密さを同時に目のあたりにしたような気がした。
 ちなみに脇さんが代表を務める農業生産法人アグリ・アライアンス(株)(脇農園)は中嶋農法(なかしまのうほう)の認証産地として登録されている。中嶋農法とは健全な土壌づくりを基本とした農法で、その理念に共感し、独自の基準に基づき毎年実施される厳正な土壌分析をクリアした産地だけが認証を受けることができる(詳しくはウェブサイト参照n-seikaken.co.jp)。脇さんは白ネギとアスパラガスの2品目で認証を受けているが、その他の農作物においても中嶋農法に則った栽培方法を取っている。

アグリ・アライアンス公式サイト
https://agri-alliance.com/

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掲載記事内容は取材当時のものであり、
現在の内容を保証するものではありません。