2月14日、暖冬といわれる今冬、前の週末にまとまって降った雪はすでに消えていたが、北広島町の空気はひんやり。午前9時に自宅兼店舗である「にわのにわとり」に集合し、車で10分ほど、住宅街から少し離れて立つ四ツ葉農場の鶏舎を訪れた。車を置いて斜面を上がると、コッコッコッコッコッと鶏たちの元気な声が。
鶏舎横の広場では、つないだチェーンをジャラジャラと右へ左へ目一杯引っ張りながら、番犬のバンくんがお出迎え。大好きなご主人様、横山慎士さんの姿を見て、うれしそうにしっぽをブンブン振っている。バンくんはとても人なつっこく、編集部のナデナデにもルンルンで歓迎してくれた。
鶏舎に放す前のひなが待機していると聞き、撮影を試みようと箱の蓋を開いてみると、ピヨピヨと愛らしい声を上げながら、びっくりしたひなたちはみんな死角へと駆け込んでしまった。時折「偵察隊」が数羽出てきては引っ込んでの繰り返しで(たまたま出て来てしまったのだと思うが)、ベストショットを狙うカメラマンを悩ませたが、ちょこまかする姿に癒される。
四ツ葉農場で飼育している採卵鶏は「ボリスブラウン」、地鶏は「ひょうご味どり」、ブロイラーは「レッドブロー」という品種で、今回対面したブロイラーのひなは今号の『ひろしま食べる通信』購読者の皆さまに届けるために育てている子たちだ。
鶏舎の中ではこの小さな子たちの先輩がりっぱに成長して暮らしていた。慎士さんが餌を持って鶏舎に入ると待ってましたとばかりに鶏たちが駆け寄る。慎士さんは毎日卵の味見をし、味の変化や産卵状況など鶏の健康状態に応じて飼料の配合を工夫している。できるだけ天然の素材にこだわり、主に米、蠣殻、米ぬか、鰹の魚粉、海藻粉末、大蒜粉末などをバランス良く混ぜ合わせたもの。鰹の魚粉は脂分が多い頭の部分だけを使用しており、卵に甘みが出るという。
取材中、勇敢な兵士が脱走を図ろうとして慌てて追いかけるというハプニングもあったが、無事帰宅してくれて、元気が有り余っているんだなと笑い話で済んでひと安心。
一通り見学させてもらった後、再び店に戻るため一同農場から引き揚げることに。バンくんが「まだ遊ぼうよ」とワンワンおねだりする声に後ろ髪を引かれながら、農場を後にした。
慎士さんが養鶏を始めたのはちょうど6年前の2014(平成26)年5月。友人の紹介で土地を貸してもらえることになり、これを機に広島市内から北広島町に移住した。
慎二さんは大学卒業後、造船関係の企業に3年ほど勤めて退職。次の仕事を探す期間、親戚の畑仕事を手伝いながら「こんな仕事もいいな」と農業に興味を持つようになり、いろいろ調べるうちにどんどん農業が面白くなっていった。その中でも特に、卵が大好きな慎士さんの心をつかんだのが「平飼い養鶏」だった。
手伝っていた親戚の畑近くにも養鶏場があったが、そこは「ケージ飼い」で、慎士さんは養鶏=ケージ飼いだと思っていた。しかし休職期間中に旅先でたまたま入った焼き鳥店で、自ら平飼いで育てた鶏を使っていると聞き、初めて「平飼い」という飼育方法を知って衝撃を受け、気づけば自分も平飼い養鶏を始めるためにあれこれ思考をめぐらせるようになっていた。「大きい農業より小さい農業をイメージしていたので、ケージよりも自然に近い環境で鶏を育てられる平飼いに魅力を感じました」。
ここで少し説明すると「ケージ飼い」とはその名の通りケージと呼ばれる仕切られた小さな小屋の中で数羽ずつ(農場による)管理する飼育方法。「平飼い」とは鶏舎の中で自由に活動させながら管理する飼育方法。「放し飼い」はさらに屋外にも出られる状態で「平飼い」とは異なる。ケージ<平飼い<放し飼いの順に、鶏にとっての自由度は高くなるといったところか。
平飼い養鶏家に目標を定めた慎士さんは、そこから猛勉強。書籍やインターネットで知識をたくわえると同時に、気になる養鶏場を何軒も訪ね歩き現場で研修を重ね、自然養鶏家が集まる「全国自然養鶏会」に参加し交流と情報交換を通じて学びを深めていった。
まずは場所探し。北広島町に住む友人から資材置き場になっている土地があると聞き、理想はいろいろあったものの、まず始めてみないことにはと、取り急ぎ仮住まいとして決定。「北広島町は水もきれいで、餌となる米ぬかも手に入りやすい。街で育った自分でも、住んでみれば意外と不便を感じることはないですし。結果的には良かったですね」。
晴れて拠点が決まった慎士さんがとった次の行動は、鶏ではなく「番犬」探し。山の中にある養鶏場にとって、番犬は獣から鶏を守ってくれる頼れるパートナーなのだ。子どもの頃から犬を飼いたかったが家の方針でかなわなかった慎士さんにとっては、待望の愛犬探しでもあった。
そんな時、ちょうど淡路島の先輩養鶏家が犬の里親を募集していることを知り、写真を見ると、慎士さんが望んでいたコーギーにそっくり。即電話し、後日淡路島へ。
念願の愛犬、憧れのコーギー(そっくりさん)…期待に胸をふくらませ、いよいよご対面。ケージから出てきた子犬はまさにイメージ通りのコーギー風! … ? … にはほど遠かったけれど、それはそれは愛らしい子でした。
帰り道は、毛むくじゃらの相棒と一緒に。番犬だから、名前は「バン」。北広島町に土地を借りた後も、住居が決まるまでは資材置き場の片隅に立つプレハブでバンと寝起きを共にした。以来バンは、春夏秋冬、来る日も来る日も一日中鶏の側で農場を守り続けている。
1年ほどその農場で過ごして現在地に鶏舎を移転。慎士さんいわく「獣もたくさん出るし、完ぺきな土地とはいえませんが、隣の農家さんが餌のために野菜を分けてくれるなど養鶏に理解のある方なので助かっています。敷地内に新たな鶏舎を建てて、これからもこの場所で続けていくつもりです」。
「四ツ葉農場」という名前は、クローバー畑で鶏たちを放し飼いしたいという思いで名付けた。その光景を夢見て種を植え、クローバー畑が完成。さぁ、伸び伸びと緑の絨毯を駆け回れと鶏たちを放したところ、あっという間にクローバーは茎ごと食べ尽くされ、緑の絨毯は土色に…。「思い描いていた理想とは違いましたね(笑)。今度は食べ尽くされないように放す数を限定しないと」と慎士さんは密かに、再び挑戦する機会をうかがっている。
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