一夫さんの妻である早紀さんは広島県呉市出身。大阪の芸術大学に進学したが、卒業後は広島に戻って就職し、のちに一夫さんと出会った。「デートは葡萄園でした(笑)。ここで作業を手伝って、葡萄を食べさせてもらって、楽しかった」と早紀さん。父親は勤め人だったが自営業に憧れがあり、一夫さんが農家だと知った時も「農業について何も知らなかったので、葡萄食べ放題じゃ! って(笑)」肯定的なイメージしかなかった。
早紀さんは農林水産省の「農業女子プロジェクト」のメンバーでもある。これは農業に従事する女性の知恵や経験を商品開発や情報発信に活用し、ひいては女性の新規就農を推進する取り組み。企業も参加しており、企業別のプロジェクトも進んでいる。
その中で早紀さんは某農業機械専業メーカーの草刈機の開発に参加。「とても良い勉強をさせてもらったので、どんどん若い人にも参加してもらいたい。普段狭い地域にいるとこれでいいのかと不安になることもありますが、全国でたくさんの人が頑張っているのが分かって、自分たちも頑張っているんだ、頑張っていいんだって、向上心も高まります」。
ほかにも香港で自分たちが作った農作物を販売するフェアにも参加。「私一人ではできなかったであろう経験。一人ではできないことも、みんなが集まればできることを実感しました」。
実は、早紀さんが農業女子プロジェクトに参加したきっかけは「詐欺」だった。ある時、1本の電話がかかってきて大量注文が入り、喜んで、一生懸命梱包して送ったが、振込の時期になると注文者の会社はなんと倒産。これは詐欺だと警察に被害届を出したが犯人は見つからず。商品代にして70万円の損失だった。
泣く泣くあきらめていたところ、ある日、別の人に宛てたお米の注文メールが間違って届いていた。「宛名の間違いに、見覚えのある企業名。詐欺だとピンときて、急いで宛名の人を調べている中で、農業女子プロジェクトに参加している方と知り合い、その方に電話して詐欺だと知らせました。でもすでに送ってしまった後で」。これが縁でプロジェクトに誘われ参加した。
未だに詐欺グループは捕まっていないが、詐欺への注意喚起をブログに書き込んだり直接声かけをしたり、農業女子が輪になったことで詐欺に遭ったという話は聞かなくなった。「輪になることで守れたのかなって思っています」。
現在、ウェブサイトやチラシなどの販促物は早紀さんが作っている。芸大での学びやアルバイトで地域の情報紙を作った経験を生かし、見やすく親しみやすい仕上がりに。直売所の暖簾や飾り付けなども早紀さんが担当。「カントリー調にしたくてグッズを集めたり作ったり。人の意見を聞きながら楽しんでいます」。
早紀さんから見た一夫さんは「計画的に段取りよく着実に仕事を進めるタイプで、葡萄に対してはここまでするかというくらい丁寧。これが久和田農園の魅力でもあります。普通なら良しとするところも、納得するまで何度も農園を回って、きれいに整えて、色が悪いものなどは商品として出さないので、ここの葡萄はきれいだからと買いに来てくれるお客さんもいるんですよ」。
西日本を中心に甚大な被害を及ぼした平成30年7月豪雨。久和田さんの自宅は高台にあり家屋は無事だったが周辺は浸水し、停電や断水で当分不便を強いられた。農園周辺も土砂崩れはあったが久和田農園の葡萄の木は無事だった。
未曾有の災害に遭って、早紀さんはあらためて思うところがあったという。「水は人を困らせることもあるけど、やっぱり命。水がないと生きていけないし水があるから作物も実る。自然の摂理を感じます。農園も土砂崩れに遭ったけど、葡萄の実は助かっている。それも試練で『頑張って売れよ』と言われているのかなと。葡萄作りも直売も本当に手間がかかるので、しんどいこともあります。でも助けてくれるのはやっぱり人で、葡萄づくりを通して人と出会いつながりが生まれるので、それもまた不思議。助け合えることが本当にありがたいですね」。
取材当日、早紀さんは4歳の長女と1歳の長男を連れて来た。豪雨による災害で通っている保育園が浸水し、しばらく通えないとのことだった。子育てと農業の両立は簡単ではないけれど、子どもたちがいるから頑張れると前を向く早紀さんの優しい笑顔が印象的だった。
取材途中、様子を見に来た一夫さんが子どもたちに「畑を見に行こうか」と声をかけると、うれしそうに飛んでいった。もともと優しい一夫さんだが、早紀さんいわく子どもたちには特に優しく、怒っているところを見たことがないそうだ。一夫さんの包容力と早紀さんの明るさ、子どもたちの笑い声、これらも久和田農園の葡萄がおいしく育つ秘密の一つだ。
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